ライブラナチュテラピー株式会社 社長ブログ
ライブラナチュテラピー株式会社
アロマテラピーブランド「ライブラナチュテラピー」商品の製造販売やサロン運営、「ライブラ香りの学校」の運営など、全国を拠点として「セラピー」「癒し」をお届けしています。
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カテゴリ:日記( 150 )
 
芦屋保養所午前2時・・・!
やっと、みんな寝静まりました。今日は講師の先生が集まっての勉強会でした。IFAのトリートメント手技の練習・・・昼間は岩下先生に任せのんびりしているとお伝えいたしましたが、夜8時に終わって食事、入浴のあと、講師の先生らが自主的にあつまって、復習会が行われ、先ほどやっと2時過ぎに皆様ご就寝でした。とまりの講習会で、こんなに夜遅くまで、酒も飲まず、勉強とは、我がライブラの講師恐るべし。。実は少しくらいお酒を飲みたかったのは私だけ?なのかな。本日の参加者は、福岡=疋田、吉松、岩元、内田、関西=橋本、森田、松本、小野、藤井、弘中、東京=野松、名古屋=講師=岩下、吉村の各先生方。アシスタント=西田の総勢15名でした。
まあ、みなようやるわ。。。このブログをごらんの生徒の皆さん・・・いかがですか???
ご感想をお寄せください(笑)ただいま2時半、おやすみなさい。
(次回はルルドその3完結編です)
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by libranatutherapy | 2006-02-22 02:33 | 日記
 
ルルドの奇跡の泉(Lourdes France) その2
今日は芦屋にきています。高級住宅地?・・・実は芦屋の山手、六甲山の中腹標高500メートルほどにある当社の保養所です。今日は少しあたたかく、陽差しもあって早春のすがすがしさを感じる天気です。今は講師の先生方が集まって勉強会をやっているのですが、講師は名古屋の岩下先生なので、私はゆっくり流れる時間を楽しんでいます。
さて、前回ルルドのベルナデッタのお話を載せました。なぜルルドなのか、疑問に思われた方も多いですよね。その疑問にお答えします。

1985年3月、私は約20日間ほどのヨーロッパ旅行に出かけました。大学の卒業の記念の旅行でしたが、当時敬虔なクリスチャン(今はナマグサなクリスチャンです)であった私は、イタリアはローマ・バチカンのサン・ピエトロ大聖堂から始まり、ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世の講話に出席、平和の祈りで知られるアッシジの聖フランシスコ教会、フィレンツエの大聖堂、最後の晩餐で有名なミラノのサンタマリアデレグラッチェ教会とめぐり、ルルドで終わる気まぐれな旅をしていました。
最後の目的地、ルルドには昼過ぎに到着しました。ルルドの教会は広々とした牧歌的風景の敷地に洞窟と教会のあるところでした。早春の平日でしたので、巡礼と観光の人々がポツリポツリと見受けられる程度のさびしい曇りの日でした。私とカトリック教徒の友人2人でその教会にはいりました。小さな教会堂の入り口には聖水の水皿があり、2人はカトリックの慣わしにしたがってその水で十字をきりました。私はプロテスタントなのですが、長い巡礼でその方法を覚えたのです。教会堂の前には白い修道服に身を包んだ尼僧が2人静かに祈りをささげていました。その奥の事務室?からは男の神父の話し声が聞こえます。あまりに静かな祈りの様子だったので、私たちは終始無言で静かに祈りをささげ、早々にその教会堂をでました。そして、再び洞窟の水汲み場の前をとおり、持っていた登山用の水筒いっぱいに水をいれて駅へ向かいました。駅へ続く道には水筒を売る土産物屋が並び、そろそろ陽が傾きかけてきたのか薄暗くなろうとしていました。私はその道を駅へ急ぎながら友人にこういいました・・・
私:「ねえ、さっきのシスター2人、すごく静かだったね。気配を感じないくらい・・・・」
友人:「えっ!誰も居なかったよ・・・・男の人の声が奥でしてただけだった・・・」
私たちはそれを確かめるべく戻ろうとしましたが、教会からすでに20分以上をかけてくだってきていました。しかも明日朝パリに着くための列車の時刻が迫っていました。
私はその2人のシスターをベルナデッタとマリアだと信じています。なぜ、私にその姿を現したのかはわかりませんが、私の目に焼きついたその姿はいまでも忘れられません。

今日2月21日は6回目の聖母出現の日です。

<ルルドからのメッセージです>
2006年は戦争のない平和な年になりますようお祈り申し上げます。
ルルド巡礼センターホームページ:http://www.cybersuds.co.jp/ge/lourdes/

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by libranatutherapy | 2006-02-21 16:09 | 日記
 
ルルドの奇跡の泉(Lourdes France) その1
小学校の3年生のころ、私は夙川のカトリック教会(兵庫県西宮市羽衣町)での英語教室に通っていました。カトリック教会では英語を教えながら同時にクリスマス会などの布教活動もおこなっていました。ある日のこと英語教室のあとにスライド上映があり、その題材はルルドの奇跡の泉でした。子供のころ記憶ですが、私はいまだにその日のことだけが鮮明な記憶としてあります。英語など他のことは忘れましたが・・・(笑)。ルルドの奇跡の泉・・・それは私のその後の人生につながっていきます。早朝のテレビ番組にカトリック教会の布教番組「心のともしび」を偶然見かけると、その内容がルルドであったり、何度となく私はルルドからのメッセージを受けるのです。この話は長くなりそうなので、今回から何度かに分けて書くことにします。
(ルルド村のベルナデッタの人生)
1844年1月7日ルルド村の貧しい粉引きの娘に生まれた少女ベルナデッタは生まれながらにして病弱でした。彼女は1958年2月11日、マッサビエルの洞窟で、美しい見知らぬ婦人(後に聖母マリア様であるといわれる)と出会います。この出会いは4月7日まで18回(7月16日まで19回)にも及び、婦人はベルナデッタに罪人のために祈ることを勧めます。彼女は「自分の醜い心が気になります」と告白し、その後も15回この洞窟を訪れることを約束します。ます。彼女が婦人を見たという話はたちまち「聖母出現」の噂となり、多くの人がベルナデッタの洞窟行きに同行し、村では大きな騒ぎとなりました。この騒ぎを鎮めるために彼女を警察が取り調べることにもなりました。ベルナデッタ自身は婦人を「聖母」とは言いませんでしたが、何百人もの人が集まるので騒ぎとなってしまったのです。群集の目前で彼女は婦人と出会いますが、他のものには姿が見えません。ただ、彼女の様子が憑依されたように変容するので、群集はそれをみて聖母に違いないと考えたのです。他の者には婦人の姿が見えないため、彼女は中傷や迫害をうけるようにもなりました。2月25日の9回目の出現の際、婦人は彼女に土を掘ることを命じ、そこから泉が湧き出たのです。3月2日14回目の出現の際には、そこに教会を建てるように司祭に伝えなさいといわれます。
ベルナデッタは貧しさのゆえに身体も小さく、知識もほとんどない14歳の少女でした。神様のこともただ簡単な「祈り」を知っている程度でした。人々の懐疑心を決定的に打ち破ったのは、3月25日17回目の出現の際、婦人に名前を尋ねたとき、婦人が「汚れなき宿り(無原罪の宿り)です」と答えたとのベルナデッタの証言です。ベルナデッタには何のことかもわからないこの言葉は、1854年12月にピオ9世ローマ教皇により宣言された聖母に関する解釈でした。当時の情報伝達速度では、この田舎の村では全く知られていない言葉であったため、カトリック教会がこの事件に関する聖母出現の決定的証拠として採用し、この婦人が聖母マリアであったと認定したのです。ルルドの奇跡の泉は多くの病人を癒していますが、ベルナデッタ自身には効能はありませんでした。もちろん彼女はそれを恨むことも嘆くこともありませんでした。その後のベルナデッタですが、22歳でパリ郊外ヌベールのサンジルダール修道院に入会し、1879年4月16日、35年の短い生涯を閉じました。1933年には聖人に列せられています。彼女の死後125年以上になりますが、彼女の遺体は後半生を過ごした修道院の小さな教会堂に安置されています。不思議なことに彼女の遺体は腐敗せず眠っているように見えます。聖母は2月18日3回目の出現の際、あなたの幸せは後の世に与えると言われたといいます。ベルナデッタは今も多くの人の幸せを祈って永遠の命を輝かせています。

今日2月18日はベルナデッタが3回目の聖母出現を体験した日です。彼女はこの日、聖母から15日間洞窟にくるように言われます。
私は、1985年3月にルルドを、2001年3月、サンジルタール修道院を訪れました。その話はまた続きで紹介したいと思います。
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by libranatutherapy | 2006-02-18 09:16 | 日記
 
徳島のスパ、「月と花」にいってきました
昨日、徳島にある月と花というスパにいってきました。広々とした敷地にモダンな建物、すばらしい施設でした。残念ながら女性専用のため、内部は見ることができませんでしたが、今度言ったときは、営業時間外にいって内部を是非みたいなとおもいました。運営母体は中西先生という精神科のお医者様です。私はこの方と仕事上知り合ったのですが、食事会などいろいろなお付き合いをさせていただいていて、昨晩も食事会でもりあがりました。
月と花は女性専用で、料金もお手ごろ。みなさんも是非一度いらしてみてください。
ホームページは  http://www.tsukitohana.jp/   です。
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by libranatutherapy | 2006-02-17 12:53 | 日記
 
オリバー・ツイスト
最近上映の映画に、「オリバーツイスト」という映画がある。ハンチング帽をかぶった貧乏な少年、オリバー・ツイストの物語だ。登場人物オリバーは10歳だが、私は奇しくもオリバーと同じ10歳の頃にこのオリバーを題材としたコミック本を母に与えられ読んだ。元々原作はクリスマスキャロルで有名なチャールズ・ディケンズの小説だ。
貧しい孤児オリバーは幼くして両親を失い孤児院で育った。しかし、社会は孤児に冷たく、過酷な労働とわずかな食事でいつもおなかをすかしていた。ある日孤児院を抜け出し長い道のりををロンドンへ向かう。やっとたどりついたロンドンでは、オリバーは年老いた泥棒と孤児たちが組織する窃盗団に身をおくことになる。彼は窃盗団の子供たちに溶け込んでいき、他人のものを盗むことも、生きていくためとう過酷な状況で罪の意識も薄れていく。もっともオリバーの命を拾い、曲がりなりにも食事を与えたのは、この年老いたアウトローだった。社会は孤児に冷たく、金持ちたちは自分たちが贅沢をしてもそれを弱者に分配することがない。社会自体が決して善ではなく、悪にすら思えてくる。そのような絶望的な状況でもオリバーは生まれながらにもっていた気高い自尊心と優しい情によって懸命に生きていた。オリバーの純粋な心は同じく心ある紳士と引き合うことになり、やがて中産階級の養子として引き取られていく。
子供という存在は、そもそも純粋無垢のものとして、この世に生を受ける。しかし、このような救いのない社会で、保護も愛情も与えられず、神に祈ることも教えられず、やがてこの年老いたアウトローのような結末を迎えるのだろうか?最後にオリバーは監獄に入れられ絞首刑を待つ彼に面会に行く。オリバーは一緒に神に祈り、このアウトローに赦しと癒しが訪れることを望むが、それどころか脱獄の手引きをさせようとする老人に、少年は涙し、寂しさと、無力感に打ちひしがれてその場を去る。
実は作者のディケンズ自身、父親の破産により12歳で孤児同然となった。親類に引き取られるがそこには貧しく粗暴な少年たちとの工場での過酷な労働が待っていたのである。彼はこのオリバーに自分を写したのだろう。そして、貧しさとそれに見てみぬふりをする社会への痛烈な批判をこめて書き下ろしたに違いない。
彼の別の作品、クリスマスキャロルでディケンズは改心する老人、スクルージを描いたが、ここに描かれた窃盗団の老人は改心しない。なぜなら、このような彼を創り出したのもその時代と社会であり、社会自体が自らの中に暗い闇(原罪)を背負っているからだ。さて、われわれの21世紀は何を背負っているのだろうと、つい考え込みたくなる。
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by libranatutherapy | 2006-02-15 23:05 | 日記
 
銀座のうなぎ屋さんと福岡のそば屋さん
今日はNPO法人日本スパ振興協会の理事会で東京は御徒町で会議でした。3時間以上にわたる会議ですが、この会議は結構、気に入っています。というのも、肩を張らず、本音で、しかも公明正大に、そして理想も現実もあいまみれて・・・なんともすがすがしい集まりです。丁度、ご近所の商店会の集まりのような和気藹々の雰囲気と、襟を正して天下国家を論じる緊張感があり、大げさに言えば、明治維新政府はこんなだったかもしれないなんて、それは言い過ぎですね・・・(照れ笑)。
そんなNSPAの仕事を終え、本日の夕食は「うなぎ」でした。たまたまいつもの宿の隣にうなぎ屋さんがあって、何気なく入ってみると「これがうまい」。とおもって早2年。お店の名前は登三松といいますが、銀座の他の場所で、「登亭」というのがあって、雰囲気がよく似ている・・・と思いきや、やはり同じグループらしく銀座付近に3つ、御徒町や神田、そしてデパートにもある有名店だと知りました。お値段は、うな丼1050円、うな重の最高級「松」でも2100円です。是非一度ご賞味あれ。
明日は福岡ですが、福岡でも食べ物を紹介しましょう。大名のライブラ福岡校のこれまた隣に、そば屋さんの「山うち」があります。私はいつも、お昼にここで「大ざる」を食べます。いつもひたすら大ざる、またまた大ざるです。年に何度かイベント的に特別な産地のそば粉で打たれたそばを、同価格で食べられます。大ざるは多分950円だったでしょうか。
うなぎといい、そばといい、今回ご紹介した店は、いずれもお昼にはサラリーマンでにぎわう、大衆店です。地味にまじめにごちそうを出してくれる「あったかい店」2つをご贔屓に・・・!
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by libranatutherapy | 2006-02-11 03:36 | 日記
 
日本メンタルヘルス研究所より「認定心理カウンセラー」の資格をいただきました
今日はお昼間、銀座の事務所で一人、コンプリートブックの下巻の原稿を書いていました。いったん書いた心理学の章を、無性にやり直したくなり、書き直しだしたので大変でした。そしてまだ、元にもどっていません(苦笑)。夕方来客があり、話し込んでいたらあっという間に6時になってしまい。6時15分からの次のアポに急いで出発し、なんとかぎりぎりセーフでした。
この約束は、株式会社JMAさんが主催する第22期?ヒプノセラピー講座の卒業式でした。私はその卒業式に付随して行われた、株式会社日本メンタルヘルス研究所の名誉ある最高資格である「認定心理カウンセラー」という大それた資格をいただくために、参加することになったのです。
僕もこのヒプノセラピー講座の古い卒業生ですが、当時のことを思い出し、ほっこりした気分になりました。ヒプノセラピーの講座には、いろいろな人・・・どちらかというと、傷ついた人々があつまってきます。(もちろん、そうでない人もいます) そして、退行催眠などを学び、実際に自分たちでやってみる。気分障害やパニックをかかえた人が、その過去の出来事に探検するかんじです。自分にどんなひどい過去があるのだろう。どんな記憶が今の自分をつくりだしているのだろう。たしかに、そこにはその原因となった過去を見ることになります。ところが、ひどい過去ばかりではなく、それらの記憶の陰に隠れて、愛されていた自分、愛おしく幼かった自分を見つける瞬間、癒しと平和が訪れるすばらしい体験をします。「私たちは皆愛されていたのだ。」そんな幸せな気づきを思い出させてくれる、すばらしい時間でした。JMAならびに、日本メンタルヘルス研究所の皆さん、ヒプノの受講生のみなさん、ありがとうございました。
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by libranatutherapy | 2006-02-05 23:42 | 日記
 
松本莉緒さんとauの携帯配信TVに出ます
f0045769_18394999.jpgブログをはじめた1月17日夕方、東京は代官山のスタジオで、auの携帯配信TVの収録をおこないました。短い内容ですが、アロマテラピーについて語ってきました。女優の松本莉緒さんというとてもかわいく美しい方とほんの15分ほどでしたが、ご一緒させていただいて、役得!でした。配信は2月だそうです。
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by libranatutherapy | 2006-01-27 18:22 | 日記
 
ブログをはじめるにあたり、過去ログを転載します
今までの社長メッセージの再掲

「モーリーのアロマテラピー」 2005.1.31
 このたび、アロマテラピー史に残るM.モーリーの「生命と若さの秘密」をメディアート出版より刊行させていただきました。訳は上杉真理さんで、監修をさせていただきました。

 モーリーのアロマテラピーは、いままでアロマテラピー界の幻の名著として長い間入手困難なものでしたが、英国のアロマセラピストであり、モーリーの後継者であるダニエル・ライマンにより英国で復刻されていました。

 この度、この復刻本を元に、メディアート出版さんのご尽力により、日本語訳の刊行が叶いました。ライブラ各店や近日中にインターネット上でも販売いたしますので、是非ともご一読ください。


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「ライブラ心斎橋本店ビル」がオープンいたします 2004.5.7
 心斎橋ヨーロッパ通りにライブラの新しい本店、ライブラナチュテラピー心斎橋本店がオープンいたします。ここでは、アロマテラピー専門のライブラならではの「本物のアロマ」をお楽しみいただける店として皆様をお迎えする準備をしています。


 ライブラはアロマ専門のメーカーとして16年を経過しますが、常に流行に敏感であるとともに、基本を重んじる姿勢で、私たち自身が納得できる商品とサービスをお届けすることを勤めとしてきました。とくに、アロマテラピートリートメントのサービスは、歴史が浅く、日本においては、まだ広く普及しているとはいえません。
 そこで、わたしたちのような、パイオニアを自負する企業がこのサービスのビジネスモデルを模索し、範を示せてこそ、アロマ全体の発展とお客様への使命をまっとうできるものと考えています。

アロマテラピーの周りには、流行とともに現れ、消える数々のセラピーやマッサージがありますが、本物を求め続ける中で、結局たどり着いたのは基本を大切にしたオーソドックスなアロマテラピーでした。

 新しい本店ビルは、心斎橋駅より歩いて5分、にぎやかなヨーロッパ通りに面する5階建てのビルです。この町はかつて周防町とよばれていたところで、大阪を代表するブランドショップ立ち並ぶロケーションに位置します。1階、2階がショップ、3階がトリートメントルーム、4階がライブラ香りの学校心斎橋校となっており、5階に弊社の本社事務所があります。

 グランドオープンは5月15日(土)です。ぜひ一度おたちよりください。



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「春はまた来る」 2004.3.5
 学生のころ、キリスト教の牧師からポール・トゥルニエの「人生の四季」(註)という本をいただきました。当時私は「人生の春」が終わり夏に向かうところであったので、秋や冬がくることとなど頭の片隅にも無い頃で、この著者の「四季」は幼年期、青年期、壮年期、老年期という時の流れと、それにより訪れる心の変化や自分との対面は今ひとつ退屈なもののように思えました。

 ところがその私も既に人生のうつろいを感じ、それを噛みしめる「たそがれ」の時期を迎えています。そのような目で周りを見てみると、年齢はさまざまであっても、お客様や生徒さん、そして働いてくれているスタッフの中には夏の時期の終わりや、秋の訪れを感じ、寂しく不安を感じる方が多いことに気付きます。

 仕事をやめ、次の仕事への合間にアロマテラピーを学ぶという方、子育てを終え今一度社会に出ようという方、多くの方はその間、焦りや憂鬱と向き合い人生の秋や暗い冬を垣間見た方たちなのかもしれません。私たちは精油の知識やトリートメントの技術というもののほかに、この人生と向き合う人々と共に人生のうつろいを感じ、再び春が来る日のためにお役にたてればと、毎日仕事をしています。目を社会に転じてみると、長く続いた不況という冬も、春の明るさが見えてきたようにおもいます。

「春はまたくる」。一人一人の人生にも春はまた何度も繰り返しめぐってくるのでしょう。


(註)ポール・トゥルニエ 『人生の四季 -発展と成熟-』 ヨルダン社 1970
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by libranatutherapy | 2006-01-17 05:45 | 日記
 
震災から11年、ブログができました
皆さん、お久しぶりです。気がつけばもう1年近くメッセージの更新が無く、不義理をいたしておりましたが、メッセージの形式をブログにすることで、今後頻繁に更新したいと思います。
丁度、阪神淡路大震災から11年の今日にブログデビューすることになりました。あまり意図的にしたわけではありませんが、私の人生に多大なる影響を与えた地震記念日というのもいいかなとおもいました。私もあの朝、震度7強の激震に襲われ、爆発音のような建物の崩壊の音で目覚めました。多くを奪われた出来事でしたが、失うと同時に復興へのスタートでもありました。ライブラも、本社屋の被害はなはだしく、一時は倒産の危機にも直面しましたが、今日の盛業はお客様のあたたかいご愛顧のおかげと感じております。これからも私たちとライブラの商品、サービスをよろしくお願いいたします。
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by libranatutherapy | 2006-01-17 05:45 | 日記