ライブラナチュテラピー株式会社 社長ブログ
ライブラナチュテラピー株式会社
アロマテラピーブランド「ライブラナチュテラピー」商品の製造販売やサロン運営、「ライブラ香りの学校」の運営など、全国を拠点として「セラピー」「癒し」をお届けしています。
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英国ラグジュアリースパブランド、Elemis 大阪にお目見え
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大阪梅田ヒルトンプラザウエスト3階
ライブラナチュテラピー

発売元 スタービューティ
輸入 ライブラナチュテラピー

です。
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by libranatutherapy | 2012-10-22 19:04
 
皆様、誕生祝のメッセージありがとうございました
ブログ読者の皆様、FBフレンズの皆様、たくさんのお祝い、心温まるお言葉を多くいただきました。
ありがとうございます。

誕生日の今日もいつものように忙しく、夜遅くの返礼となりました。
遅れましたことお赦しいただければ幸いです。

さて、50歳というのは大きな節目です。

そこで、もう昨日となってしまいましたが、誕生日のこの節目に感じたことを皆様に以下のように披露させていただきます。題名は「辞世ー敦盛」です。


【 辞世-敦盛 】


「人間(じんかん)五十年、化天(下天)のうちに比ぶれば、夢幻の如くなり」
神戸須磨の浦で平敦盛を討った熊谷直実が、若き敦盛を討ったことを後悔した後に出家して詠んだ章句の一節です。

信長が桶狭間に向かって出陣するときも、彼はこの敦盛を吟じて舞ったといわれています。

この章句は人の世は50年、化楽天(化天)すなわち人や畜生が住む世界のより一つ上にある天界の一日にくらべれば、夢か幻のような短い時間にすぎないと、人生の無常を表現しているものであるらしいのです。

当時の中世日本の平均寿命は50歳。

とするならば、私はもう人生の幕を引く年齢となりました。
明日死んでもおかしくないということでです。

明日死ぬとしたらどうだろう。

そう私は自分に問うてみたのです。

それが、結構いい人生だった気がするのです。

もちろん、立派な業績も、大きな会社も残せた人生ではなかったかもしれないでしょう。
しかし多くの人と出会い、心を通わせ、感情を楽しみ、泣いたり笑ったりもした。

実に愉快。そして充実した人生であったように思うのです。

私の人生で出会いをいただいた人たちの中には、志半ばにして倒れた友、まだ生きたいと願いながらも死んでいった親しい人がいます。

その者達の無念に想いを馳せれば、この50年という時間がとても愛しく感じられるのです。

今となって思えば、物質的な豊かさや地位や名誉など、たまたまめぐりあえば幸運だが、
巡り会えずともどうってことはないように思えます。

ましてや、それを追い、苦しむこと必要など何もないのです。

大切なのは、こころ豊かに、安らかに、楽しく、朗らかに、生きてこられたかどうかです。

そういう意味において私の人生は、まあまあ良かった。そして、50歳を機に新しい一日一日を、生きているだけで丸儲けとおもって、精一杯生きてみようかとおもうのです。

この世の誰もが、自分の寿命を決めることはできません。

そうであるならば、今日のこの一日が、一瞬の閃光で消える線香花火のような最後の一日なのかもしれないのです。

だからこそ、私はよろこんで生きたいのです。

先に逝ったあの人たちが、どんなに望んでも迎えることができなかった、その今日を私はいきているのですから。
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by libranatutherapy | 2012-10-19 01:57 | 日記
 
アロマの履歴書(12)表示基準適合精油制度
2012年10月5日(金)、昨日のことであるが、悲しい知らせが届いた。日本のハーブ、アロマテラピーの発展に大きな足跡を残した、サンファーム商事の尾上豊さんの訃報である。

尾上さんは千葉県大多喜村のサンファームとともに、サンファームブランドの商品を扱う商社、サンファーム商事を東京で立ち上げられた人物である。

サンファームは、今を思えば不思議な会社であった。農園本体は千葉県、フランチャイズの三春サンファーム、そしてサンファーム商事、それから兵庫県香寺町の関西支部があった。関西支部はその後、香寺ハーブガーデンとして活動し、サンファーム商事もそれらとは独立した会社であったのだが、同じサンファームブランドを扱っていた。

それはさておき、尾上氏はロバートティスランドブランドの精油の輸入元として英国に太いパイプをもっていた。私は尾上さんとロンドンで合流し、チェルシー・フィジック・ガーデンにご一緒させていただいたことがある。

尾上さんは、イギリスのハーブ植物療法の通信講座を手掛けられており、ロンドンでは、いろいろな方をご紹介いただいた。その一人に、著名なアロマセラピストであるイブ・テーラーがいた。
いまも、イブ・テーラーさんとは親交が続いているが、そのきっかけを与えてくださったのが尾上さんであった。

彼はアロマテラピー協会の創設者のひとりであり、スクール中心の協会運営に突き進む私の手綱をしっかりにぎって、バランス感覚のある意見を言う方で、いつも、尾上さんの鋭い指摘にタジタジのこともおおかった。

とても温厚な性格で、人柄のよい性格で、皮肉を柔らかく笑顔で伝えることでは、名人であったように思う。


自らは、精油委員会の委員長として、精油の生産地、学名などの属性データや、PL法に基づく注意警告表示の徹底を、「表示基準適合精油」として認定することを発案され、推進された。

精油の業界に、製造物責任の制度をいち早く導入されたパイオニア的な業績は今もアロマテラピーの発展に大きく寄与していると思う。

アロマテラピー用の精油と、一般の香料精油との違いはなにか、アロマテラピー用として使うには、学名、産地、抽出法の表示が不可欠。これがなければ、アロマセラピストは安心して使用することができない。いまではあたり前のことなのだが、この制度の意味はとても大きなものである。

スクール制度やアロマテラピー検定制度は、世間に大きく知られる花形事業であるが、実はこの精油委員会の仕事なくしては、日本のアロマの発展はなかったのではないか。。。という影の功労事業である。


今回は、訃報を受けて緊急のブログとなった。心からご冥福をお祈りしたい。
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by libranatutherapy | 2012-10-06 18:55 | アロマの履歴書
 
アロマの履歴書(11) アロマテラピーアドバイザー
(公社)日本アロマ環境協会(AEAJ)の起源は、日本アロマテラピー協会(JAA)である。JAAという名を日本アロマコーディネーター協会も使用していたことと、日本トランスオーシャン航空が商標登録していたこともあって、すぐにAAJ=Aromatherapy Association of Japanと改められた。

さて、この協会何のための協会だったのか?

アロマテラピーの安全で、健全な普及を目的として設立された協会であったので、法令順守と安全面の啓発活動が急務とされていた。

それと、やはりアロマテラピースクールを運営する中で、生徒が何らかの資格を取りたがる・・・これに対応するというのも、正直あったとおもう。

そこで、1年かけて作られたのが、アロマテラピーアドバイザー制度だった。

当初、理事会では「スクールを運営する会社のために、資格を作るのは反対だ」という意見も多かった。
安全を知らしめるなら、講演会や広報をするべきだ、という意見もあった。

資格をつくることの是非が、いつのまにか、スクール企業対精油メーカーとの対立の構図にすり替えられていくことに疑問を感じながら、私は資格制度の創設を主張し続けた。

また当時の会員の多くは、理事長の運営するハーバードハウスとライブラの生徒であったから、資格への期待は、会員の期待でもあった。

英国には、IFAやIFPA のようなアロマセラピスト資格がすでに存在していたが、日本の状況はまだ、セラピスト、、という資格そのものへの懐疑的考えも多かった。セラピストというのは違法ではないのか?という考えを持たれる理事もいた。

そこで、生まれたのが「アロマテラピーアドバイザー」資格である。

精油の背後に潜む潜在的な危険性を知り、注意深く安全に扱い、
法令を順守したアロマテラピーを普及し、精油販売の現場での違法や説明や危険な用法に注意を喚起するのが、その目的であった。

その準備には1年を要した。

常任理事・スクール委員長であった私は、このプロジェクトの責任者として陣頭指揮をとることになった。

まずは、何を教えるか?である。

精油の隠れた危険性。正しい使い方。注意すべき精油。法令(薬事、PL、あはき)ということになった。

おりしも、世間ではPL法(製造物責任法)が施行されたばかりだったので、これも盛り込まれることになった。

当初の制度は、現在のように検定から入るのではなく、まずは

①「入会」
②「アドバイザー試験申し込み」
③「アドバイザー講習会への出席
④「アドバイザー試験」

というながれだった。この流れがどうして今のような、検定先行の制度に移行することになったかは、
また、後ろの連載にゆずることにしよう。
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by libranatutherapy | 2012-10-04 06:59 | アロマの履歴書