ライブラナチュテラピー株式会社 社長ブログ
ライブラナチュテラピー株式会社
アロマテラピーブランド「ライブラナチュテラピー」商品の製造販売やサロン運営、「ライブラ香りの学校」の運営など、全国を拠点として「セラピー」「癒し」をお届けしています。
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アロマの履歴書(18) アロマ界の2000年問題
前回のIFA訪問のエピソードの中に、RQA(Register of Qualitified Aromatherapists) と、ISPA(International Society of Professional Aromatherapists)について書いた。前者はロバートティスランドが、後者は、シャーリー・プライズが率いる、営利的アロマテラピー団体だった。この両者とIFAの違いは、営利的であったことだ。IFAはチャリティ(非営利)である。

この二人のリーダーは、元はIFAのメンバーだったが、そこから独立する形で独自の団体を立ち上げて、それなりの規模や組織となっていた。

英国政府が、前出のNOSをまとめる頃には、すでに、政府からも認められる組織となっていて、英国政府は、IFAとRQA,ISPAを、並列のアロマテラピー団体として位置づけていた。そしてその上部組織である、AOC(Aromatherapy Organization Council)という団体に統合していた。

この統合には、政治的な理由もあった。当時の英国政府は、代替補助的医療の団体をつくって、この手の療法を管理しようとしていた。

BCMA(British Complementary Medicine Association)という組織にアロマテラピー団体の統合組織、AOCをまとめる必要性があったのだ。

BCMAには、アロマテラピーのほか、レイキヒーリングや、カイロプラクティクなどもあったと記憶している。

そのAOC傘下の団体である、RQAとISPAが、1997年ごろまでに、経営難に陥り、多額の借金を抱えてしまっていたのである。


AOCはそれを放置するわけにもいかず、非営利団体でありながら、経営のしっかりしていたIFAに救済するように要請してきた。
IFAは、政府の要請を断るわけにもいかず、2000年をめどに、両団体を吸収合併して、
IFPA(International Federation of Professional Aromatherapist)として再出発するはずだった。

しかし、黙っていられなかったのはIFAの古参のメンバーたちだった。

「金欲しさに、勝手に家を出たものを、金がなくなったからって、借金肩代わりなど、虫が良すぎる」
と大反対したのだ。

イブ・テーラーやジョアンナ・ホアなどの会長経験者は、当初から反対を表明していたが、若手メンバーの推進があって、IFAはIFPAに傾いて行った。
ところが、IFPA発足時に、古参メンバーたちは相次いでIFAを出て、新生IFAとして再結成したのである。実際にはIFAの旧メンバーは、残留組と新規のIFPA参加組に割れることになったのである。

また、IFPAは、メンバー数を確保するために、IFAメンバーをIFPAメンバーとの両立(並立)、すなわち、IFAに籍を残したままのIFPA参加を認めたために、両方の協会に属することになる会員もいた。

実は、この手の並立メンバーは、かなり多い。

これが、英国アロマテラピー界の2000年問題である。
あれから、10年以上の歳月が流れるが、IFPAは、当初の目論見にかなわず、あまりニュースを聞かないこの頃である。また、AOCは解体し、英国政府の代替補助医療にかんする取組は、EUの統合問題とともに暗礁に乗り上げたようである。

一方で、今日、IFAは中国や韓国、台湾、シンガポールに広がり、躍進を続けているのである。

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ライブラ香りの学校芦屋校(当時)に、IFAの試験官として来訪したジョアンナ・ホア元会長と私。撮影場所は、ライブラナチュテラピー西宮本店
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by libranatutherapy | 2013-12-17 15:44 | アロマの履歴書
 
アロマの履歴書(17) アロマ資格制度誕生秘話③ アロマセラピスト資格
1999年私にとっては、アロマテラピー検定の成功のカギを握る年となったが、一方、大切な仕事も並行してのこっていた。アロマセラピスト資格の立ち上げだった。

少し記憶が薄れてきているが、98年の暮れだったとおもう。
私は、アロマセラピストの資格制度を調べるために、ロンドンの国際アロマセラピスト連盟(IFA)の事務局を訪問した。当時のIFAは、経営破たんに陥ったRQAとISPAを合併により救済するということの是非をめぐって揺れていた。
そのとき、出会ったのが、いまでは厚意にしてもらっている、事務局のポーリン・アレン(現IFA、CEO)だった。

これは当時のAAJ(現AEAJ)の常任理事としてではなく、非公式かつ自前の訪問だったが、訪問の目的は、アロマセラピストの規定書を手に入れることだった。このときIFAでは、シラバス(カリキュラム)を手に入れ、さらにNOSと呼ばれる規定書があると教えられた。

当時の英国のアロマセラピストは、日本いう労働省のような役所において、National Occupation Standard( NOS 英国職業標準書)という文書によって規定されていた。
私は、ロンドン市内の政府のオフィスでそれを50ポンドほどで購入できた。NOSには、解剖学などの知識を学ばなければならないこと、安全衛生上の項目、そして法規の遵守などがかかれていたが、おおむねIFAシラバスと同様だった。

またこれらの書類は、私たちスクール委員会が草案をねっていた内容とほぼ一致するもので、いずれの国も同様の思考プロセスを踏むものだと、ある種の驚きがあったと同時に、自分たちが考え練ってきたカリキュラムに自信を深めたのである。

1999年4月だったとおもう、検定制度のゴーサインとともに、スクール委員会は資格制度委員会とスクール委員会に分離され、2つの委員会に分業になった。そして、私は検定の立ち上げに責任を持つ担当常任理事となり、委員長を後任に譲ったが、引き続き資格制度委員会に所属し、アロマセラピスト資格の発足に立ち会うことになる。

いまから、思えば、あのIFA訪問が、スクール委員会が練ってきた内容の妥当性にお墨付きを与えたというわけであった。
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by libranatutherapy | 2013-12-15 13:11 | アロマの履歴書
 
アロマの履歴書(16) アロマ資格制度誕生秘話② アロマテラピー検定 <後編>
アロマテラピー検定制度が剣もほろろに却下された理事会から一転、次の理事会では、認めてもいいという空気が流れていた。前の理事会を、私は欠席してしまっていたので、少し緊張気味で臨んだ。そして、議事が私にまわってきた。理事会の出した答えは、実施する限りはスクール委員会事業ではなく、協会事業として、協会を揚げて推進するということだった。その後の総会で、私はスクール委員長を高橋克郎さんに引き継ぎ、その1年間、検定担当の常任理事となった。決まったのが3月、11月には実施するという過密スケジュールだった。

まずは、教科書の編纂で、期限は99年9月の出版である。その月に教科書の出版とともに、全国的な告知に入る。告知、広告は、梶原委員長の担当である。まさに、遅れが許されないタイトスケジュールで、私は、自分のスクールの生徒OBなどのボランティアを募のり、大阪のスクールの教室で編集会議を幾度となく繰り返し、編集作業に没頭した。

99年8月、実質3か月の編集作業の末、やっと色校正はまでこぎつけた。普段編集の仕事をやっていないものにとって、テキストレベルの校正は結構むずかしい。本と同じの色校正のかたちなってやっと、その気になるため、色校正とはいえ、文字の修正はモグラたたきのように繰り返された。このとき、活躍したのは高橋勝郎さんだった、かれは理科系の技術者で緻密なことが得意だったのだろう。私が見つけられない間違いを、最後までよくつぶしてくれた。そして、9月めでたく初版本が完成したのである。

この初版は、2年ほどのちに、改定されることになるが、イラストや各章の導入文、現在の環境関連の記載以外は、ほんんど現行のテキストの原型となって、いまも生き続けている。後付には、この編集にかかわったすべての人の名前が記されていたが、その後の改訂版で、「日本アロマテラピー協会編」という一言にとってかわられた。今は名もない人々の汗の結果として出来上がったテキストであった。

その11月、記念すべき「第1回アロマテラピー検定」が実施された。アロマの本国、イギリスにも存在しない、世界で初めてのアロマテラピーに関する公開試験となったのである。

この検定なくして、いまのアロマテラピーを考えることはできない。それどころか、いまの健康ブームを牽引してきたも、アロマテラピーの普及であったのではないだろうか?

無名の関係者たちに思いをはせてみたいものである。


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by libranatutherapy | 2013-12-04 09:14 | アロマの履歴書