ライブラナチュテラピー株式会社 社長ブログ
ライブラナチュテラピー株式会社
アロマテラピーブランド「ライブラナチュテラピー」商品の製造販売やサロン運営、「ライブラ香りの学校」の運営など、全国を拠点として「セラピー」「癒し」をお届けしています。
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ライブラから新ブランド Lady L が登場
プロフェッショナルアロマテラピーのライブラから新しいブランド、Lady L のお知らせです。
4月4日神戸北野坂に路面店としてオープン。レディーエルはライブラのコンシューマーブランドとして、香水、石鹸、バスソルト、ボディクリームなどのボディコンディショニングアロマ製品を展開します。

Love ・ Luck ・ Liberty × Libra = Lady L


愛、幸運、自由をあなたにお届けします

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Lady Lのフラッグシップ香水、Lady L #320 

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消えた後もお部屋が薫る、アロマキャンドル

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量り売り石けんもかわいいでしょ

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住所は神戸市中央区中山手通1〜22〜5です。よろしくお願いします。
三宮駅から北野坂上る徒歩5分、ジャズクラブSoneのお向かいです。
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by libranatutherapy | 2015-03-25 04:16 | 会社的お知らせ
 
台風の低気圧と体調の変化
今日は台風の影響で西日本は麻痺していますね。今日は思わぬ空き時間となったので、新しい授業用の資料作りをしています。いま、書いているのは、免疫システムです。いったん重い病気なると、お医者様のお世話になるのが得策ですが、日常的な体調管理には、セラピストも貢献できます。そのセラピストが最も知らねばならないのは、元来人間の体に備わっている免疫のしくみをよく知ることから始まります。「ストレスで免疫が下がる」というイメージが一般的にはありますが、これは免疫学からすると、的外れもいいところなのですが、セラピストでさえもそのように思っている人も多いと言わざるを得ません。
ちょっと、飛躍した例ですが、わかりやすく、昨今の景気の見方を例にとりますと、。。。
円高で景気が悪い(景気が悪いのは円高で輸出が鈍るからだ)と、つい最近までいっていませんでしたか? ところが、円安で物価に不安があるから消費が鈍って景気が足踏みしている。というのです。「どっちやねん!」と突っ込みをいれたくなりますよね。物事には、二面性があるのです。
これとおなじように、免疫にも二面性があり、シーソーのような二律背反と短期的な反応と、長期的な体質変化、、このような多面的な見方によって、クライアントの状況を診ていく必要があるのですね。
もちろん、もう、これは病気の領域に入っていると思えば、病院に行くようにすすめるか、医師と共同するか、、。それほどでなければ、生活習慣の改善や休養で改善するのか。こんなことを、いままとめています。
1)風邪をひいたら食事を控えるべき?
2)熱はある程度容認して免疫反応を助けるべき?
自然療法では、このようなことが言われますが、それが免疫をつかさどる、マクロファージやリンパ球の働きのどのメカニズムのことをいっているのか。ここまで深い議論をしていこうとおもっています。
ちなみに、本日、台風の低気圧のためか、副交感神経が亢進気味で、からだがだるいとか、めまいがする、とかといった人が増えやすく、おりからの暗い空が、メンタルにも追い打ちをかけてきます。みなさん、すこし気晴らしと、リフレッシュをこころがけてくださいね。では、台風にご注意を。
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by libranatutherapy | 2014-10-13 10:43 | アロマのお勉強
 
アロマの履歴書(14) アロマ資格制度誕生秘話①アドバイザーとインストラクター
精油1%の希釈基準、これは、日本のアロマ界では、よい意味でも悪い意味でも大反響だった。ある意味、アロマテラピーアドバイザー制度というのは、1%基準を浸透するためにあったといっても過言ではない。
そもそも、アドバイザー制度とは、阪神淡路大震災後の癒しブームによって、急速に広がった精油販売が拡大したことに始まる。一般の知識を持たない人々に対し、

①精油の安全な知識を事故を未然に防止し、アロマの社会的な評判を守ること
②アロマテラピーは、医療とも混同されやすいので、医療行為まがいのことをすることのないように告知する。

これが、アロマテラピーアドバイザー制度の目的であった。その中で、前述した1%の意義が大きな役割を果たしたのである。

アドバイザーの次に矢継ぎ早に発表されたのが、インストラクダー制度であった。

意外かもしれないが、このようなアロマテラピーのインストラクターという資格は、日本独自の資格制度であり、本場イギリスにはそのような資格制度はなく、アドバイザー制度もなかった。

英国では、ショップで精油を買うことは一般的ではなく、ほとんどが自分をケアするアロマセラピストから購入するという習慣が定着していた。そのため、使用上の注意や、使い方の指導は、アロマセラピストの仕事だったのである。


一方日本では、ハーブやポプリ教室といった文化教室的な分野からアロマテラピーが広がった。ハーブショップの店頭で行われるカルチャー教室として広がっていく中で、その場所を提供していたハーブショップがその販売を担っていたわけだ。ハーブショップは、雑貨店の一種なので、特別な資格のある人が販売するわけではない。もちろん、オーナーはよく勉強していることが多いが、販売員はアルバイトで知識がない。

そこで、アドバイザー制度が始まったのである。

カルチャー教室が、スタート地点であったわけであるから、当然、カルチャー(分化)として、アロマテラピーを教える先生が必要である。

それが、世界に類を見ない、アロマテラピーインストラクターという資格として具現化する。

アドバイザーせよ、インストラクターにせよ、日本独特のアロマ分化の醸成から、市場が拡大し、いまの巨大なアロマ市場にまで成長したことを思うと、あのころ、すごいことをしていたのものであると、感慨深い。当時、まだ、私は若干35歳の常任理事、スクール委員長であった。
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by libranatutherapy | 2013-07-04 10:53 | アロマの履歴書
 
アロマの履歴書(8)阪神淡路大震災がアロマに「癒し」というはっきりとした方向を与えた
1995年1月17日午前5時46分、神戸、芦屋、西宮、淡路島の北部を中心に震度7の地震が襲った。ゴーッという地響きで目をさました次の瞬間、激しい揺れにみまわれた。

私は長女と並んでシングルのベッドで寝ていたが、その2つのベッドがまるで拍子木にように、ガンガンとぶつかり、隣の家屋の屋根瓦のすべてが滑り落ち、我が家の壁に激突する音は、まるで飛行機が墜落したのかというような音。隣の家は全壊であった。我が家や新築3か月であったが、早くも亀裂がはいってしまった。
それも、その筈、いろいろなことがわかってくると、近所で高速道路から、バスがぶら下がっている。
亀裂程度で済んだのは、不幸中の幸いだったのだ。

私の人生は、この地震で大きく変わったとおもう。いい意味でも、悪い意味でも・・・悪い意味はおいておこう。
いい意味では、「癒し」に日本中の人々の目が向いたということだ。
ボランティアが、大挙して被災地に向かったのもこれが最初の大事件であった。

アロマが進むべき方向、それはホビーなのか、医療なのか、方向性は定まっていない時期にあって、
「癒し」という方向性を得たのもこの災害が、あったからこそとも思う。

その震災においての忘れられないことは、ボランティア活動の芽生えである。
日本人がボランティアに目覚めた事件といって過言ではないが、まだまだ独りよがりで未熟なレベルであったことは否定できないだろう。

その思い出のひとつ、フレグランスジャーナル社の津野田社長から、アロマや化粧品関係者からのお見舞いを届けたいが、林さんに送ったら必要な人に届けてくれるかと電話があった。
私は、仮設のお風呂で使う石鹸をおねがいしたところ、石鹸や入浴剤などが送られてきた。

全国から、被災地に何か役に立ちたいという思いで、物資が山のように送られてくる。
古着やスニーカー、タイ米など、だれも見向きもしないような、なかば粗大ごみ同然のものも多かった。
私は青年会議所のメンバーとして、体育館いっぱいになった物資を整理する仕事をしていた。
いつまでたっても、使いようのないものが山ほど送られてきては、無造作に積み上げられ、小中学生は
秋になっても体育の授業もできないありさまだった。

送る側の思いと、受け取る側の思いがまったく噛み合ってない状況で、山積みされた物資を前に途方に暮れる毎日だった。

ある日、あの津野田社長から、「林さん、石鹸を送った方がたに手紙でもなんでもお礼をおねがしします。何も言ってこないと怒ってらっしゃるかたもいるので。。。」との電話がはいった。

このときの、私の気持ちは、あえて書きたくない。読者の方が察してくださるに違いない。
私は広告費をつかってアロマトピアにお礼の広告を、寄付してくださった会社の名前を入れて気持ちをあらわした。この支援において、私のバランスシートは完全にマイナスであった。
また、支援者であるボランティアと、被災した私の間に挟まれて苦労されたのは津野田社長だったにちがいない。

テレビでは、被災地に行ってきたというタレントたちの武勇伝が語られる。
一方で被災者には、被災後の人知れない苦労がさらに追い打ちをかけてくる。
誰のための支援なのか???  わからなくなるばかりだった。

3.11の震災のことをみて、日本社会はずいぶん成熟したものだとおもう。神戸の教訓がいかされているとおもった。支援はお金で。(配られ方は問題だけれど)ボランティアは組織化され、職人的なたくましさすら感じるようになった。

震災から1年ほどが過ぎ、「兵庫県こころのケアセンター」からライブラに電話が入った。
仮設に一人住まいのお年寄りを相手に、アロマテラピーの授業をやってくれないか?
という、依頼だった。

お年寄りに、しかもアロマのオイルとは無縁とも思われる人々に何ができるだろうか?
私は悩んだ。自らの経験で身に染みているように、独りよがりなものになってはいけない。
そう思った。

私は、悩んだ末に、一人で行くのではなく、アロマの教室に通う生徒さんたちを巻き込むことにした。
ボランティアを募って、グループでアロマのハンドとフットのトリートメントを行うことにした。

はじめに私がアロマについての簡単なレクチャーを15分程度して、そのあと、お年寄りたちの手や足に触れ、さわるのである。

すると、「あー気持ちいいなー」「こんな若い人にやってもらって悪いな、でもうれしい」とか、
いろいろな反応。おおむねいい反応だった。

依頼をした側のこころのケアセンターの職員である保健師の方々からも、「こんな、おばあちゃんたちの姿はじめて」とか、「いつも、黙っている人がしゃべってくれた」とか、感激して私に話しかけてくれた。

お年寄りの中には、ボランティアの足をさすってくれる人さえもいて、いつも受ける側に回る被災者が
あえてボランティアのために行動することで、自尊心を回復することも分かった。

これは、アロマのパワーを実感したイベントであった。このイベントは好評で、そのあとも4,5回お呼びがかかることになり、何度も生徒さんたちの協力を得て、なんとかやりきった。

このとき、気づいたのは、カウンセリングとか、心のケアとかいう理屈には、いつも話を聞くという態度が大切といわれるが、その方法論で行き詰っていた仮設住宅のケアが、アロマとタッチング(香り、触れる)という要素で現実、成果があがるものになるということだった。これは、アロマ史上とても大きな発見である。

これは、のちにNYの同時多発テロ現場へのセラピストの派遣をしたIFAや、3.11にも引き継がれることになる。

この経験は、後に作られる、日本アロマテラピー協会のインストラクター資格にも生かされた。
いまのインストラクターカリキュラムのなかにある、「ボランティア論」「タッチング論」は、この私たちの経験から組み入れられたものである。

ボランティアはどうあるべきなのか???

タッチングは、人の心をいやすかもしれない!!

そんなことを、あの混乱の中、学んだような気がするのである。
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by libranatutherapy | 2012-08-17 17:50 | アロマの履歴書
 
アロマの履歴書(7)日本のアロマの父、栗崎小太郎先生のこと
91年の暑い夏。お盆のころのこと。私はオリジナル精油「ライブラ」をもって、東京都内のハーブショップを行脚した。ハーブの本などの後ろに載っているハーブショップのリストを作り、それをもって都内のハーブショップに飛び込みセールスすることが目的であった。

最初は市ヶ谷から歩いたと思う、左手に靖国神社をみてしばらく行ったところの右手、ビルに中2階に「ハーバードハウス」というハーブのお店があった。これが以前、高山林太郎先生に教えてもらった栗崎小太郎先生のお店であることは知っていた。

入り口から入ると、「いらっしゃい」と、神経質そうな顔つきで自分の父親くらいの男性がでてきた。当時55歳くらいであられたとおもう。「わたくし、林と申しまして、大阪から来ました。エッセンシャルオイルをみていただけないかとおもいまして。」こういう私に、先生は顔色を変えて、「業者なら裏口から入りなおせ!」といって、私を一蹴した。私は、あわてて裏口へ。とはいっても3メートルほどおくの同じようなガラスドアだった。

彼は、「ライブラ?」聞いたことあるな?といって、再び顔色を変えた。
「お前のところのO氏ってやつに、精油を売ったが代金をもらっていないが!」と私に詰め寄った。
私は「O氏はライブラの人間ではありません。講習会に場所を貸したことがあるだけです。」
私は弁明した。そう、あの履歴書(3)の最後に登場したO氏である。O氏はライブラの教室で、ハーバードハウスで仕入れたロバートティスランドの精油を、私に隠れて密かに販売していたのだ。別のブランドの精油を売ることで、小売りマージンを稼ぎ、ライブラはただ、お人よしにも無料で場所を貸し続けていただけだった。

私は、O氏のその所業を訴え、先生はようやく理解してくれた。雨降って地固まるとはいうが、この話題のおかげかわからないが、いろいろと話がすすんだ。先生もかつては商社マンだったらしく、奥様は、あの巨人軍の管理栄養士として、NHKの番組でも知られる本多京子先生だという。

先生は、アロマテラピーのコースを開催されており私はそれに参加したいと申し出た。
私の同期には、福岡のルレアヒーリングの原さんがいた。そのほかにも、今では日本のアロマ界をしょって立つような人物が、次から次へとこの門をたたいている。

おそらくは日本のアロマ界の黎明期に、燦然と輝くアロマの登竜門であったことは間違いない。
現在アロマ界で、活躍するほとんどの先生方は、栗崎先生の門を一度はくぐったことがあるとおもう。
むしろ、ハーバードハウスにいっていない人はもぐりといえるかもしれないくらいである。

ハーバードハウスは、1998年ころだったろうか、原宿のモリハナエの横の路地をはいったところに、移転した。それから、しばらく先生もお元気だったが、2003年ごろ、愛弟子の池田亜衣先生、窪山先生たちが、残った生徒たちへ最後の授業をされて、静かに幕を下ろしたと聞く。

私は栗崎先生にずいぶんお世話になった。先生は糖尿をわずらっていたので、お酒は禁止だったが、私がいったときには、いつも、本多先生に内緒?で、シャブリの白ワインを空けた。ある意味、息子のようにかわいがってもらったとおもう。

本多先生とともに、 西宮で講演をおねがいしたこともあった。西宮市民会館の一室で栗崎先生と本多京子先生のご夫婦の講演会だった。料金は5000円、40人くらい集まったが、今から思えば、こんな豪華なセミナーをよくもまあ、できたものだとおもっている。

先生は、その後も私を、アロマの道にどんどんひっぱっていってくれた。私にとって忘れられない大恩人であるが、同業のライバルとして頭角を現す私はやがて先生に疎まれるようになったのかもしれない。
ふりかえって、例えれば、ちょうど、フロイトとユングのような難しい関係になっていったようにおもう。

最後にお会いしたのは、2005年ごろだったようにおもう。ハーバードハウスの同窓生の仲間、池田朗子さんから連絡があり、栗崎先生の健康を祈願してパーティがあるというのだ。
私は久しぶりにお顔を拝見した。先生は、「おお、林君か・・・」と,私の顔をみると静かにうなずいていた。

私は、このパーティの前に銀座の三越で先生にエンジ色のカーディガンをかってプレゼントした。
あとで聞いた話であるが、先生はとてもこのカーディガンを気に入って、林君にもらったといって喜んでおられたと聞く。私は、長く断絶してたわだかまりが解けたような安堵感につつまれた。

気難しい方でもあったので、敵の多い、先生だったが、やはり、この日本のアロマテラピー界において、
忘れがたい、偉大な指導者であったとおもう。

高山先生が著作で貢献したというならば、栗崎先生は人材の輩出で貢献した方だった。

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ハーバードハウスの全課程を修了したことを証明する卒業証書1992年10月26日である。
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続いて1年後マッサージのディプロマを取得した

※旧友、池田朗子先生(ロンドン在住)からの助言をいただき、文字の間違い、年の間違いなどを修正しました。ありがとうございました。2012年8月17日
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by libranatutherapy | 2012-08-12 09:27 | アロマの履歴書
 
アロマの履歴書 (4) 香りの村おこしと資生堂新規事業部
1988年から89年の竹下内閣の下、地方振興を掲げて1億円ずつが各市町村に配られた。
1996年のウルグアイラウンドの合意以降は、いろいろな形の補助金が地方にばらまかれていたが、そのネタに注目されたのが、ハーブと香りだった。新しい商品作物としてのハーブが注目されていたのである。このころ、北海道の北見ハッカ記念館、小豆島のオリーブ公園、民間では千葉県大多喜町のサンファームが知られていた。
私の住む兵庫県では、淡路島の一宮町に、兵庫県立淡路香り公園、続いて一宮町立淡路香りの館が開園された。私の母の実家はこの一宮町であった縁があり、私は地元で農業を営む伯父の紹介で香りの館「パルシェ」の企画を請け負うことになった。
一宮町はお線香の生産で日本一の、和の香りのメッカである。フランスのグラース市との友好都市提携に成功し、香りを前面に押し出した村おこしを仕掛けていた。

私は館内の展示物を手掛けた。その中で、香りの歴史の紹介の一つに、中国の悲劇の王妃、香妃を取り上げた。彼女は新疆ウイグルを支配する蒙古の末裔、ホジ・ハーンの妃で、その体臭が、沙棗(サソウ)の花の香りがすることで有名な女性である。私は香妃の展示をするために、沙棗の香りをはるばるウイグルにまで採取にったという資生堂の探検隊の話を作家、團伊玖磨さんのエッセイでみて知り、大胆にも資生堂に乗り込んで、飛び込みで取材をした。若さゆえの、無鉄砲な行動だった。当時はまだ30歳になったばかりだった。

その縁あって、その後も資生堂さんとの付き合いがあり、蘭の世界的な愛好家として知られる当時の福原義春社長、香りのオーソリティであった中村祥二先生方と、お酒をいただく機会を得ることができた。お二方ともにジェントルマンを絵にかいたような品のある方々で、バブル経済の余韻でまだ経済界にも余力が残っていた頃であったからだとおもうが、すべてにおいてエレガントそのものであった。

この私のこの唐突な願いを受け入れてくださったのは、当時の新規事業部島村部長だった。
島村さんは私の初期の恩人で、いろいろなチャンスを私に与えてくださった。
新規事業部は化粧品以外の事業を統括する事業部だったが、一億円の使い道の相談も多くよせられていたらしく、私は資生堂のスタッフとして岡山県上道町の農業公園の企画にも参加することができた。上道町のものは結局企画倒れだったが、資生堂のアートディレクターや、広告スタッフなど才能ある人々と一緒だったのは大きな財産となった。

私はこのように、一宮町、岡山県、神戸市の布引ハーブ園と、町おこし、村おこしの専門家として、力を発揮する舞台を得たのである。

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淡路島一宮町の 淡路香りの館 パルシェ
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by libranatutherapy | 2012-08-02 15:37 | アロマの履歴書
 
アロマの履歴書(2)「井戸を掘った人をわすれない」高山林太郎先生のこと
「水を飲むときは井戸を掘った人のことを忘れない」

日中国交を開いた民間人、岡崎 嘉平太氏に贈られた中国の周恩来の言葉である。

前回ご紹介した3つの書物をはじめ、日本のアロマテラピー界の黎明期に数々の本を翻訳し、日本に紹介したのは、高山林太郎先生であった。

彼は、精力的にアロマテラピーの本を見出し、翻訳し、1990年代前半のアロマテラピー関連書籍といえば、先生のものばかりであった。

私は、アロマテラピーを学ぶ学校がないかと思い、フレグランスジャーナル社に電話をした。

すると、その電話口に出たのは、高山林太郎先生だった。

「私、林と申しますが。。。」と名乗ると、その向こうで、「高山です。」と、紳士的な低い声が聞こえた。

出版社の事務所の電話に、高山先生が出られたことが、何とも最初理解できなかったが、
確かに高山先生らしい、、、。

「アロマテラピーの高山先生ですか?」と私は失礼ながら聞き直してしまった。「そうです、高山です」

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それだけでも、舞い上がるような気持ちであったが、私は、さらに続けて日本にアロマテラピーを教えてくれる学校はないものか、尋ねてみた。

「九段のハーバードハウスというところに、イギリスのティスランドの学校に行った先生がいますよ。」

と教えてくれた。

その、助言により私は、生涯の恩師、栗崎小太郎先生と出会うことになり、アロマテラピー専門家としての一歩を踏み出すことになるのだが、この電話の偶然は今も忘れられない。

高山先生とは、その後、淡路島一宮町のパルシェを会場にした当社主催の講演会の講師としてお越しいただいた。先生は、淡路島の温暖な気候と植物の豊かさに関心されていたことを今も思い出す。

私にとっても、日本のアロマテラピーにとっても、忘れることのできない恩人のひとりである。
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by libranatutherapy | 2012-07-17 08:40 | アロマの履歴書
 
漢方とアロマテラピー(田代眞一先生講演会)
漢方とアロマテラピーって、似てるようで違うようで、もっと知りたい。そんな疑問を田代先生に聞いてみませんか。林(私)がお世話をしている、日本セラピスト登録協会の講演会に、漢方薬、生薬の権威、田代眞一先生がやってこられます。RQTのセミナーは、30名以内程度の少人数制なので、先生に直接質問もしやすいので、大好評。しかも、講師は人気があって、雲の上の人のような先生たちばかり。
このチャンスを逃さないでくださいね。

講師:田代眞一先生

病態科学研究所所長、元昭和薬科大学教授、
瀋陽薬科大学中日医薬学研究所名誉理事
京都大学、東京女子医科大学講師。
日本医療福祉学会会長、和漢医薬学会監事、日本疫学学会評議員などを歴任
乳房文化研究会会長、RQT会長


テーマ「漢方とアロマテラピー」

「ビールを飲んで通風を治す!」(角川書店)などユニークな視点から病気と未病を論じてこられた、
田代先生に、生薬としての漢方と精油の共通点、相違点、これからのアロマテラピーの可能性を
熱いメッセージを込めて話していただきます。


日時:7月29日(日) 13:15~14:45
会場:大阪 西梅田 会議室ユーズツゥ (ヒルトンプラザウエスト裏)

会費:4000円

※ 先日の告知では、3500円となっておりましたが、間違いでした。お詫び申し上げるとともに
訂正させていただきます


参加お申込み: 06-6343-2215 school@libra-kobe.co.jp (担当:新野)

講演会後は、有志の懇親会も予定しております。
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by libranatutherapy | 2012-07-14 17:53 | アロマのお勉強
 
ライブラナチュテラピーサロン梅田
ライブラナチュテラピーのサロン技術を身近なものに感じていただくため、梅田で小さなサロンをはじめました。

ライブラの技術をたっぷりと味わっていただける、小さなトリートメントルームをはじめました。

設備はシンプルですが、世界最高水準のセラピーを体験できる、ミニサロンです。ヒルトンウエストのお客様はもちろん、ライブラの技術を体験してみたい、ライブラ香りの学校に入学してみたいという色々なお客様にオープンしています。

【場所】ヒルトンウエストから5分程度のマンションの中にあります

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【料金】カウンセリングを含む時間料金です
●ボディ90分   ¥10000
●ボディ120分  ¥14000
●ボディ150分  ¥17000

●フェイシャル60分¥8000
●フェイシャル90分¥10000

●ボディに+できるオプション・フェイシャル30分¥5000
予約は時間枠をお取りすることもできます。
※設備の都合上、女性のみのサロンとして運営しております。

【セラピスト紹介】

松本理歩

ライブラ香りの学校講師。IFA認定アロマセラピスト、AEAJ認定アロマセラピスト。
さて、松本についての紹介ですが、ライブラは東京汐留のマンダラスパ、ミシュラン5つ星有馬温泉御所別所のサロンなどを運営していますが、マンダラスパの運営を受託する際の技術チェックを受ける際、マンダラスパ社長のジェフ・マーシュのチェックを受け、彼に「ファンタスティック!」と言わせた技量をもつベテランです。また、英国のスパブランドElemisの社長ショーン・ハリントンは彼女を専属セラピストしてロンドンに連れて帰りたいといいました。しかし、私は当然、「それは勘弁して・・」(笑)とお断りしました。そんな、エピソードとともに、ライブラの技術をお楽しみください。




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by libranatutherapy | 2011-10-24 10:01 | 会社的お知らせ
 
本日、10月14日(土)林伸光「アロマの道」仙台講演会
仙台のKaorieさん(東京校卒業生のアロマスクール)のお招きで、本日仙台市内で、講演会をいたします。お題は、「アロマの道」です。

ちょっと、演歌っぽい題目ですが、アロマを学ぶことの意義、資格は役に立つか?
資格をとったけど、何かこれを活かせないか?

いま、アロマ界が直面する問題点、そしてその未来への展望、夢。。。

私は、4000人もの同窓生を持つライブラの校長の責任として、
アロマを学び資格を取った生徒さんたちに、新たな夢を提供したい。という、私の夢を語ろうと思います。

今からでも、いらしてください。 13:30~15:45 仙台市内中心部でおこないます。

お近くの方、土曜日の昼さがり、私に会いにきてくださいませんか?

ご希望の方、お問い合わせは? hayashi@libra-kobe.co.jp

まで、ご連絡ください。スグにお返事いたします。
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by libranatutherapy | 2011-10-15 07:24 | 林の講座案内