ライブラナチュテラピー株式会社 社長ブログ
ライブラナチュテラピー株式会社
アロマテラピーブランド「ライブラナチュテラピー」商品の製造販売やサロン運営、「ライブラ香りの学校」の運営など、全国を拠点として「セラピー」「癒し」をお届けしています。
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アロマの履歴書(10)日本アロマテラピー協会の設立
日本アロマテラピー協会の設立

今では、検定受験者総数25万人を数える大組織となった公益社団法人日本アロマ環境協会であるが、その始まりは、意外にも小さく、質素なワンルームマンションからの出発であった。住所は飯田橋駅近くの千代田区富士見1-5-1-302と記憶している。

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この時もフレグランスジャーナル社の津野田社長はとても尽力された、マンションを契約し、スタッフを一人雇い、そしてコピー機も自らのポケットマネーで設置した。この協会の設立には、彼の相当な決意と思いがあったにちがいない。

このワンルームの事務所には、会議用の小さなテーブルがあり、そこに発起人(のちの常任理事)が6人ちょこんと腰かけて会議がなされた。本当に6人でいっぱい、いっぱいのテーブルと、折りたたみのパイプ椅子だった。この時の発起人は、栗崎小太郎氏、津野田勲氏、宇田川遼一氏(現AEAJ理事長)、林真一郎氏、尾上豊氏、そして私、林伸光だった。

最初はまず、設立へこぎつけることが第一のハードルだった。設立日は96年4月1日、総会は4月6日とすることとなった。初代理事長は前掲の我が恩師、栗崎小太郎氏、ほかの5名は常任理事ということになった。会長は名誉職なのであるが、最高顧問として学術的にも権威の高い、横山三男(当時、久留米大学医学部名誉教授)が選ばれた。
組織は、もちろん任意団体である。理事長の栗崎氏が対外的には総責任者であるが、申し合わせにより後の5人も連帯して責任を負うという、合名会社的な責任分担、すなわち6人が無限責任を負うということだった。

設立に向けて定款を作る作業が開始された。私(林)は、神戸市の職員をしていた経験と、社団法人日本青年会議所のメンバーで、社団法人運営をしていた経験を生かして、定款を社団用に作り上げ、その校閲を友人で弁護士の亀井氏(豊島・亀井・和氣法律事務所)に依頼した。彼は多忙な中、わずかな謝礼でこの仕事を引き受けてくれた。

会員集めは当初、困難だった。何せアロマテラピーの安全で健全な普及を目指すだけで、資格制度や会員になったときのメリットなど、はっきりとしたものは何もないのだから当然である。そこで、学校の生徒を多く抱える栗崎理事長と私は自らの運営するアロマテラピースクールの生徒に呼びかけ、栗崎理事長は約200人、私は約100人程度を集めた。のこりは、ほかの発起人たちのよびかけにより集まった法人を中心とした約50社(人)くらいだったとおもう。

総会時の会員は約450名、そのうち250名ほどが、水道橋のヴォーリスホール(明治学院の施設)に集まった。総会の司会は私であった。緊張感いっぱいで、設立議案を採決した。可決されて、胸をなでおろしたのを覚えている。とにもかくにも、私は公務員時代等の杵柄で、事務処理や会議をこなす能力に長けていた。

振り返れば、その後大きく成長する(公社)日本アロマ環境協会の原点であるが、今の同協会とは隔世の感を禁じ得ない。また、この原点を覚えずして今の協会はないということであるが、現在のメンバーには、ほとんど知られていない始まりの瞬間である。

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by libranatutherapy | 2012-09-04 16:08 | アロマの履歴書
 
 
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